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聖ノア通信 - 当病院の日々の出来事、ペットにまつわる色々な話をつづります -

ユーモアを失わない

「ケンガクハ、ムリョウデス!」

ムッシュKのユーモアある言葉に、私たちは、思わず吹き出しました。

それはこの連休中、小倉の病院にお見舞いに行った時でした。

話は昨年に遡ります。
ある日、ムッシュが駅を出て歩いている時に後ろから車に撥ねられます。非常に深刻な容態となり、長らく意識不明で集中治療室に入っていました。

「・・・ご主人は、もう二度と目を覚まさないかもしれません。」

担当のドクターからそう言われ、マダムは随分心配されたと思います。しかし幸いなことに、その後わずかづつ体の機能が回復を始めてくれたのです。

ムッシュは以前製鉄関係に勤めた方で、テニスも楽しむスポーツマンでした。マダムもオルガンなどを良く弾く美しい方です。当時、私はまだ小学生でしたが教会でいつもお世話になりました。

私の記憶には、ムッシュはいつも笑顔で溌剌として、人を楽しませ笑わせる兄貴分のようなイメージがありました。
それは昔、昔・・・の記憶です。
それからは、ずっとムッシュにお会いする事もなかったのです。

さて、事故から9ヶ月の間に、ムッシュは片目だけまぶたが開くようになり、手も少しづつ動くようになり、なんとか自力でスプーンを握れる程度に回復してきました。

混乱していた記憶も少しづつ取り戻し、息子と孫の見分けがようやく出来始めたところでした。

私たちはムッシュがリハビリの為に転院した先へお見舞いに伺い、

「ムッシュ、大変でしたね、今からリハビリですか?」

と、話しかけたところ、

「アア、ケンガクハ、ムリョウダヨ!」

と、まだ不自由な舌で冗談を返してくれたのです。

ベッドから車椅子に、介護士の手で慎重に移してもらいながらムッシュはそう言って笑わせてくれました。

そして車椅子は静かにリハビリのフロアへ向かいました。

その瞬間私は胸の中で熱いものが弾けたような気がしました。人の「冗談を言う」という能力は素晴らしい力だと、感じ入ったのです。

ある日、全く他人の過失で死にそうな目に遭い、突然トイレも食事も不自由な体になり、喋る訓練から食べる訓練、起き上がる訓練、立つ訓練などを若い介護士に手取り足取りしてもらわなければならない体になった時に、

打ちのめされたり落ちこんだり、あるいは誰かを恨んだりしているのでなく、見舞い客を笑わせるユーモアを紡ぎ出せるなら、なんとその人格活動は素晴らしいものかと、深く打たれたのです。

リハビリのフロアで介護士に抱かれ、平行棒の手すりに摑まってゆっくり歩く練習をしているムッシュに、

「こんなに緊張して一歩一歩歩くのは、結婚式以来じゃないですか?」

と、ささやくと、ムッシュは小さく笑ってくださいました。
「笑える」というのは、素晴らしい能力です。

そして、私共が帰る時に、

「キョウハ、リハビリスルチカラヲアタエテクレテアリガトウ」

とまで、有り難いお言葉を下さいました。

小さな頃から、ムッシュには沢山のことを教えていただきましたが、あれから40年たって、今回も再び大切な事を教えて戴いたと思わずにはいられません。
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